ものづくりで生きる
おはようございます^^
展示会活用アドバイザーの大島節子です。
11月の半ばに入り、来年が着実に近づいて来ているのを感じます。そんな早朝の大阪から今朝もブログをお届けします。
核になる技術を元にした異分野への転換
先週の金曜日はメッセナゴヤに行っていました。展示会のことも書きたいのですが、いろいろと刺激的な経験をしてきまして、まずはこちらから書きたいと思います。
13時から会議ホールで開催された(株)由紀精密の大坪社長と(株)西村プレシジョンの西村社長のパネルディスカッションを拝聴させていただきました。
テーマは「ものづくりで生きる~異業種・異分野への進出・脱下請けへの挑戦~」。核になる技術を元に異分野へ挑戦し成功された若き二人の後継者社長がこれまでやってこられたことをパネルディスカッション形式でお話されました。
成功の秘訣1:ステップを踏まない
(株)由紀精密の大坪社長は2006年に父親が経営する由紀精密に入社されます。元々由紀精密は公衆電話の部品を作っていらした会社で、携帯電話の普及により需要がなくなった家業を建て直すために戻ってこられました。そこからまずは自社が元々持っていた強みの洗い出しをされ、高い品質を強みとし航空宇宙分野と医療分野への進出を開始されました。
大坪さんのお話で印象に残っているのは「ステップを踏まない」という言葉です。航空宇宙分野への実績が1つもない状態でいきなり国際宇宙展に出展。それが10年前の話だとのことなので、入社翌年くらいのことだと思います。例えばまずは1つでも航空宇宙分野での実績を作る、次に英語を勉強する、それから海外の展示会について勉強する、等のステップを踏んでからでは時間がいくらでも過ぎてしまう。だからいきなり行くのだそうです。
言葉に関しても現地で伝えたいことが伝えられず悔しい思いをして、それをバネに勉強されたそう。今ではパリに支店を持たれ、フランス語もわかるのだとか。現在、かつての分野(公衆電話の部品)が売上に占める割合は1%ほど。見事に異分野への進出を成功されました。
成功の秘訣2:自分で作って自分で売る
(株)西村プレシジョンの西村さんは2003年に父親が経営する西村金属に入社されます。西村金属は福井県鯖江市でメガネの部品を作る会社で、大手メーカーが中国で部品を仕入れるようになり鯖江という街自体にすっかり活気がなくなった時期に家業に戻ってこられました。西村さんもまずは強みの洗い出しをされ、チタン加工技術をウェブサイトで発信することにより医療分野等の部品加工の仕事を受注し、売上をV字回復されます。
ここで印象的だったのは15年ほど前というと製造業がウェブサイトで技術を公開することがまだまだ珍しかった時代。そこには「後悔したら技術が盗まれてしまう」という懸念があったそうなのですが、西村さんは「見て盗めるような技術は技術じゃない」と積極的にウェブに技術を公開されます。そのことが西村金属の飛躍につながりました。
しかし2008年のリーマンショックの際に売上は一時的に減少。この際に「売る」ということを自分でコントロールすることの必要性を感じ、そこから自社ブランドを確立しメーカーとなり製造を安定させるという方向、つまり「自分で作って自分で売る」という方向に舵を切られることになります。
そこからPaperGlassという厚さ2mmの老眼鏡のブランドを立ち上げられ、こちらは現在国内の自社店舗や委託店舗、更に海外8箇所で販売されており、年間売上は2億円に達しているそうです。
お二人とも家業の危機を救うために戻ってこられ、異分野に進出することで成功されています。でもやってこられたことは当たり前ですが結構泥臭く、華やかに見える表面の内にはたくさんの地道な積み重ねがあると感じました。でもここぞというときの判断が的確で早いのだと思います。
お二人が共通して言っておられたのは「結果が出るまでやめなければ失敗にはならない」ということ。年齢も近く境遇も似ているお二人のお話にめちゃくちゃ刺激をいただきました。周りで聞いていた方たちもそうだったと思います。お二人のますますのご活躍を祈りつつ、お聞かせいただいたことを自社に活かしていきたいと思います!
まとめ
今朝のブログは先日メッセナゴヤでお聞きしたパネルディスカッション「ものづくりで生きる~異業種・異分野への進出・脱下請けへの挑戦~」のレポでした。
今日もお読みいただきありがとうございます。
大島 節子
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